『翼を広げて』 SIDE-A | 旧・どブログ

『翼を広げて』 SIDE-A

その14
(前回までの話は、こちら

~旅の日記~
【4月23日
人と人との出会いって偶然なんかじゃない。きっと出会うべくして出会ってるんだ。わずか十日前まではまったく見ず知らずの他人だった。でも今はもう何年も付き合ってる仲間みたいだ。このツアーは一生忘れられない。最高だ!】


ツアーも残すところあとわずかになった。
グランド・キャニオン以来、国境を越えた結束が出来上がっていた。あの長くつらい道を歩き切った「仲間」という意識がメンバーの心に芽生えたのだ。


特に身体の小さいマユの勇気にはみんな感動していた。そしてマユ自身も、積極的にみんなの輪に入り、拙い英語と、身振り手振りでコミュニケーションを取っていた。
ツアー直前の、英語ができずに、おどおどして消極的になっていたマユの姿は、もうどこにもいなかった。

モニュメント・バレー、キャニオン・ランズ、アーチーズ、ブライス・キャニオンと大自然を満喫した僕たちは、このツアー最後の地、ザイオンにいた。
大自然に抱かれていると、初めはまったくの他人だったツアーメイトとの繋がりさえも、偶然の出会いなんかじゃないと思わされる。

どうあがいても抵抗できるはずのない、その存在の強大さを僕らに突きつける。それゆえに、国境を越えて人と人は手を取り合って協力していかなくてはいけないんだという想いを、生きる希望と勇気を、一人じゃないんだという安心感を与えてくれるのだ。


どっぷりと日が暮れたザイオンは静寂に包まれ、どこか畏怖の念さえ感じる、そんな場所だった。
ザイオン―その名からして「聖なる土地」を意味している。あの映画、マトリックスでも人類の最後の聖地としてザイオンという地価都市が出てきていたのを思い出す。

夕食も終え、リラックスムードだ。ツアー最後の夜ともなると、みんなどこか寂しそうに、終わって欲しくない夢のような時間を、名残惜しんでいるようだ。

僕と稲田、リリーとマユはキャンプファイアーの火を囲みながら、ただじっと火を見つめ、ビールを飲んでいた。

「なんか、ものすごく濃い十日間だったな」ぽつりと稲田が呟いた。
「ほんとに。初めはどうなるかとドキドキしてたけど、なんかあっという間だったね」マユが言った。
僕はただじっと火を見つめていた。日本においてきた真奈美のこと、そして、たった十日前に出会ったばかりなのに、ずっと昔から知っているような錯覚に陥っているマユのことが頭の中で渦巻いていたのだ。
「ラスベガスに戻った後、二人はどうするの?」リリーが僕と稲田に尋ねた。
「南へ、ニューオリンズへ下ろうかと思ってる。そしてそこからマイアミに渡って、ブラジルに飛ぶよ」僕は今初めて稲田の口からブラジルへ飛ぶという考えを聞いた。
「あのさ隆志、俺たちの旅の終点だけど……」言いかけたところで僕が稲田の言葉を遮った。
「知ってるよ」
「えっ?」
「だから、知ってるよ。最後にブラジルに行こうとしていることも、そこで俺と二人で農園で働こうとしていることも」
「何で知ってるんだ?」稲田は驚いた表情で僕に尋ねた。
「真奈美のメール。稲田、お前真奈美にメール送ったろ? 成田出る直前に」
「そっか。それで真奈美ちゃんからのメールで知ったんだな。どうしてもっと早く聞いたってこと知らせてくれなかったんだよ」
「きっと……きっとその時が来たら稲田の口から聞くだろうって思ってたからね」
「で、どうなんだよ、お前としては?」
「まだ俺の心は旅の途中で、最終地点のことまで考えられないんだ。一日一日を楽しんで、知らないことを知って、これから出会うであろういろんな人たちと交流を深めて、そこから自分なりに見えてくる答えがあるんじゃないかと思ってるんだ。だから、今はまだわからない」
「そっか」

また沈黙と静寂に包まれた。

「いいなぁ、旅って。何にも決まってない旅。運命に任せて、動き回ってる中で来たものを受け入れる。人生そのものが旅ってよく言うけど、その言葉を地で行ってるって素敵だな」沈黙を打ち破ったのはマユだった。
「あたしね、今回一人で旅するってすごく不安で、怖かったんだ。でも今は怖くない。あぁ、やっぱり飛び出してきてよかったんだって、素直に思ってる。こうしていい仲間にも会えたしね」
マユの表情がものすごくいい顔になっていた。人ってわずか十日でこんなに変わるんだって思うくらい表情に変化があった。
「あたしはブラジルに帰って、二人が来るのを待ってるね。そしていつか、マユも遊びに来てよ、ブラジルまで」
「うん、絶対に行くね。必ず」


午前1時を過ぎると、火の周りには僕とマユの二人しかいなくなった。あたりは日中の暑さからは想像できないくらい気温が下がっている。
コーヒーで身体を温めながら、僕とマユは火を見つめていた。

「あの二人、同じテントで寝ちゃったのかな?」僕が言った。
「付き合ってるんだから、最後の日くらい一緒にいさせてあげようよ」マユが言う。
「でもそしたらマユは俺と同じテントだぜ」
「別にかまわないわよ」
マユの視線がコーヒーカップから僕の顔に移った。
「ねぇ、少し歩かない?」
「歩くって?」
「その辺を散歩するの。川が流れてるあたり」

そう言うとマユは僕の手を取って、立ち上がった。

静寂の中を足音だけが響き、次第に川に流れる水の音が足音を消していった。

「満月」マユが空を見上げた。
「ほんとだ」山の影のはるか上に、まんまるの月が青白く光っていた。満天の星空もその周りだけ星は見えなかった。
「抱いて」
「えっ?」
「寒いよ。抱きしめて」
「でも……」
「ねぇ、隆志。あたしのこと、嫌い? 足手纏いになって、いろいろ迷惑ばっかりかける女は嫌?」
「足手纏いだなんて、そんなこと……」

そういうとマユは僕に抱きついてきた。ふわりとマユの髪が僕の頬を撫でた。いい香りがした。僕はマユの小さな身体に腕を回した。

月に照らされた二人の影が一つに重なった。


その15に続く…。
(written by yass

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この連載は真奈美側に視点を変えたSIDE-Bもあります。
SIDE-Bはこちら
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